猫三匹と暮らすのほほんな日々のこと。
 らむの「今」
2016年06月17日 (金) | 編集 |
 
※今回はネガ&共感できない方もいるだろうなと思う記事です。
 ごめんなさい。

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先日のブログを書いた時には良い方に向かうように見えたのですが、
その後らむは、ご飯を食べなくなってしまいました。

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水は飲むし、一定の我が儘(トイレでの水飲みやお膝のり)もいつも通り。
トイレの方もおしっこは問題なく、
便は薬が効いたのもあり、食べていないこともあり、
病院に行く前の辛そうな踏ん張りはありません。

今はうあの在宅時間が長いのもあり、
昼も夜も寄り添いつつ、らむの好きなように過ごさせて、
思いきり甘やかしております。
食欲が戻ってくれるとよいなあ…と願いつつも、
おーにゃんと似た様子になってきていることに、
楽観視できない状態になっていると、
日々感じている事態になっております。

「すぐに病院に行け!」
とほとんどの方が言うと思います。
私も他猫だったら「どうして行かないの?」と
思ってしまうと思います。
でも、らむに関しては「病院に行く」という選択をできませんでした。

以下は「そんなの飼い主の思い込み」と言われても仕方ない、
でも、ずっとらむと過ごしてきた私とうあで、
悩んで悩んで悩んだ末に考えて決めたことを書きます。
何卒、ご容赦くださいませ。

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今回は先生(信頼しております)の診察では大きな問題は見つけられませんでした。
だから、次に病院に行くとしたら、何が問題かをみつける為に、
もっとシビアな検査などをすることになると思われます。

実は以前から、うあとある程度決めていたことがありました。
「らむが老齢になって弱ったら、辛い通院はしない」ということです。

大きな理由は、以前の通院の経験からです。
10年以上前ですが、膀胱炎で夜間の救急に行った時、
血液検査で数値の悪い項目が出ました。
その後、かかりつけの病院でその数値が何を示すのかを、
検査&投薬で通院して調べることになりました。
何度も血液を採り、押さえつけてエコーやレントゲンなども撮る。
膀胱炎のおしっこを調べる時には、膀胱を搾られもしました。
最終的には決定的な理由は分からず、
「ストレスで上がることもあるので一過性でしょう」と、
とりあえずフードを変えてみることで終わりました。

大きな病気ではないようでよかった!のですが、
実はこの時から、らむは異様な怖がりになってしまいました。
ブログにはあまりネガティブに書いていませんが、
それまではだっこも、多少の音なども平気だったというのに、
だっこしようとすると押さえつけられると思うのか、
キャーキャー怒って暴れて逃げ出すようになり、
少しの音でびくびくしてしまうようにもなり、
大きな音ではおしっこをもらした事も。
人間が何かを手にの持っただけで逃げたりもします。
(この辺はまだ残ってる)

ワクチンの通院程度はなんとかこなしてきましたが、
(簡単な触診と注射だけ&1回限りなので)
今のように、だっこしても平気、膝に乗ってゴロゴロ、
そんな風に戻ったのは、やっとここ数年の話なのです。

そして更に思いだしてしまうのが、
おーにゃんに行なった治療と通院です。

おーにゃんは病院に行ってすぐに腫瘍が見つかりました。
そして手術、その後の治療と通院、延命の為の点滴や給餌もして、
飼い主としてできる限りの手段を使わせてもらいました。
穏やかで強い性格のおーにゃんは、嫌がるそぶりを見せながらも、
それらを受け入れてくれて、半年延命し、がんばって一緒にいてくれました。
犬や病院猫のキナコちゃんが好きだったおーにゃんなので、
病院の待合室でも落ち着いて居てくれたことが救いでもありましたが、
それでも病院に預けてのカテーテルでの強制的な給餌などはかなり辛そうで、
見ている方も泣きそうになりました。

その時から、
「これはおーにゃんでないと耐えられないかも…らむは無理だ…」
という思いはひしひしと募っていました。

おーにゃんは家に戻れば、すぐにリラックスしてくれました。
でもらむは、車移動と病院では石かと思うほど全身をカチカチにさせて、
震えて鳴き続けます。
そしてそのストレスをもろに家に持って帰り、回復にも時間がかかります。

ネットでこんな文章がありました。

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猫には「過去」や「未来」という観念が無く「現在」しか存在しない。

人間は苦しい治療でも「治った後」という未来に希望をもって耐える。
でも、猫には苦しんでいる「現在」しかない。
人間には「楽しかった過去の思い出」を懐かしみ、
苦しい今をやり過ごす術がある。
でも、猫にはそれができない。
「治ったら」「今までずっと一緒だったから」という考えは、
過去や未来の観念がある人間だから思える事であって、
猫にとっては「今」がすべてなのだ。

 + + +

全ての猫がそうでしょうけど、らむに当てはまり過ぎて。
しかも「嫌なこと」はしっかり覚えていて、
トラウマにしてしまうのです。

病院で原因を見つけて寿命を延ばせたとしても、
老いてきたらむが通院や検査、点滴や強制給餌、
そんなストレスとトラウマを回復させる余裕があるとは思えません。

だから通院が必要になるような事態になったら、
おーにゃんの最後の時のように無理をさせずに、
家で好きに過ごさせたい、と思っていました。

まだまだ先だと思っていました。
おーにゃんは10歳でしたが、15歳のマリは老いてはいますが元気です。
(らむが弱ってきてから、更に元気です…)
こんな日がこんなに早く来るなんて思いたくなかった。
けれど、日に日に弱っているのが目に見えてきました。

今は食欲がない他は、リラックスして過ごしています。
なでられて、ぐるぐるとのどを鳴らしています。
ここにこれ以上のストレスを加えさせたくない…と、
らむの様子に一喜一憂している日々になっております。

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もちろん、元通りに戻ることを何よりも何よりも願っています!
再びご飯を食べ始めて、元気になったらむを見て、
こんなことを書いている自分を笑い飛ばしたいです。

こんなに急速な展開になって、
私自身も未だおろおろとしている状態なのですが、
ブログを訪ねてくださる皆様もおろおろさせてしまう内容でごめんなさい。
何卒、見守っていただければと思います。